きず(傷)とは
傷について
きず(傷)には転んでてきた擦り傷から切り傷、やけど(熱傷)や手術痕などいろいろあります。では傷はどのように形成されるのか簡単にご説明します。
傷が治る過程
けがをすると出血します。そのときに血液の中にある血小板が止血を行います。また、血小板は様々な物質(サイトカイン)を放出することでリンパ球や単核球などの傷を治す仲間を集めます。さらに単核球(マクロファージ)が不要な物質を貪食し、線維芽細胞が呼び寄せられ膠原繊維(コラーゲン)を生成します。膠原繊維に血管が新生してくることで肉芽(赤い光沢のある組織)を形成し、傷を埋めていきます。続いて周囲から上皮化といって表皮の再生が起こり傷の治癒が完了します。きずあと(傷痕)が他の皮膚と違って見えるのは欠損を埋めるときにできた膠原繊維(瘢痕組織)が永続的に残るためだといわれています。つまり色が異なったり(白かったり赤かったり)、陥没したり盛り上がったりと何かしら変化が残るのはこのことが影響しているからです。少し専門的なお話になりましたが、けがによって組織(皮膚や真皮など)が欠損すると代わりに瘢痕組織が傷を埋めていくということになります。傷跡を最小限にするには瘢痕組織の量を減らすことが必要です。そのため傷を縫合するのは出血を抑え、さらに瘢痕の量を減らすことができる合理的な治療であることが分かります。
炎症反応期
けがをした直後で出血や汁(浸出液)が多い状態のときの処置のポイントを説明します。まずは傷を水道水(可能であれば石鹸を用いて)優しく洗浄します。流水の勢いで十分傷を流すことで異物や細菌の数を減らすことが可能です。他の項でも述べていますが、何より重要なのは洗浄です。ただアスファルトや砂利道などで怪我をされた場合には傷の中に色素が残って外傷性入れ墨といって傷が治った後も色調が残ることがあります。これを防ぐためには異物を徹底的に取り除く必要があるため医療機関への受診をおすすめいたします。具体的には麻酔を行いブラシなどで洗浄する処置が必要になります。洗浄後は軟膏とガーゼを貼付することをおすすめしております。軟膏はワセリンベースのものが適度な創面の浸潤環境を保つことができるためおすすめです。また、ガーゼーを剥がすときもワセリンなどを十分に塗布しておくと痛みを軽減することができます。最近よく市販の被覆材(傷を早く治す効果がある)を貼ってくる方もおられますが、浸出液が多過ぎてぶよぶよして汁があふれているような状態になっている方をお見掛けします。適度な浸出液を維持することは重要ですが、個人的な意見としてけがをした直後よりも浸出液が減ってからの使用が望ましいと思います。まとめるとけがをした直後~数日は毎日の洗浄とガーゼ交換が重要であるといえます。
肉芽形成期
傷の表面からの浸出液も減少して表面が赤くなってきた頃の処置のポイントを説明します。この時期は表面に肉芽も形成され疼痛も浸出液も減ってきます。上記で説明したように毎日洗浄を行い、軟膏とガーゼ交換を行う処置を継続する方法でも治癒は期待できますし個人的にはこの方法で十分だと思っています。ただ、最近では被覆材といっていわゆる“貼り薬”の使用も推奨されております。被覆材のメリットとしては適度な浸潤環境を保ち、交換の頻度を下げることができるため傷の安静を保つことができます。また、交換の負担を軽減することができ、防水加工もされているためシャワー浴は貼ったまま可能であるといった点が優れています。デメリットとしては傷の状態が観察し辛くなったり、細菌感染が起こる可能性があるといった点が挙げられます。このように被覆材はうまく使うと優れた治療材料であるといえます。ただ、診察する医師によっても使い方や考え方に差があるのが現状です。
成熟期
けがをして10~20日前後で上皮化が完了し治癒したと判断します。その後傷はどのような変化をたどるでしょうか。皮膚の表面は周りから上皮化といって皮膚の再生がおきます。ただ皮膚の中では欠損を埋めるためにできた膠原繊維がより強固な瘢痕組織に再構築されていきます。そのため皮膚の表面は治ったように見えても皮膚の下ではまだまだ細胞の活動が起こっているのです。この活動は6ヵ月程度(個人差や傷の部位にもよる)継続するといわれています。成熟期が終わる頃には血管が減少し、赤みが落ち着いて傷の硬さも多少とれてきます。形成外科では傷跡の治癒過程に基づいて術後のアフターケアを重視しております。つまり傷が治ってからも傷を出来るだけ安静にし、刺激を極力減らすことが重要です。後述するケロイドや肥厚性瘢痕は傷が治った後もこの細胞活動が活発になり必要以上に膠原繊維が増殖する状態を指します。
早く治る傷
傷の範囲(面積)にもよりますが、深さも重要です。真皮や毛根が残るような傷であれば周囲や毛根からの再生が期待できるため早く(7~14日)治ります。
なかなか治らない傷
深いきず(真皮がない)であれば、真皮を瘢痕組織・肉芽組織に置き換えていくことが必要になるので時間(14日以上)がかかります。肘や膝などの関節部は安静が保ちにくく治療に時間がかかることがあります。適切な処置を行うことで傷の治癒を促進し、瘢痕が残らないようにしていくことが重要です。
傷に影響する因子
栄養状態(タンパク質、アミノ酸、ビタミンA・C、銅・鉄・亜鉛など)、喫煙(血管が細くなり低酸素状態になる)、慢性疾患(糖尿病、貧血、肝不全、膠原病など)、薬(ステロイドや抗がん剤、免疫抑制剤など)、放射線、異物の混入、感染症、関節部など安静が保ちにくい部位、不適切な処置方法など様々な要因が傷の治癒に影響を与えています。
PIH
post-inflammatory heperpigmentationの略語で“炎症後色素沈着”といいます。これは外傷や熱傷、虫刺されやニキビ、レーザー治療など比較的浅い傷の後に認められる現象です。深い傷は瘢痕治癒するため傷跡の色(瘢痕の色)とは異なった考え方になります。皮膚に何らかの刺激が加わることで皮膚が一旦赤くなりさらに茶色に、そして肌色に変化していく過程を指します。色素細胞が刺激により一時的に活性化するためこのような変化が起きると考えられています。一方でシミとは色素細胞が作り出すメラニンが蓄積した腫瘍性病変であるといわれており、色素沈着のように自然寛解があまり期待できない病態です。つまり炎症後色素沈着は一過性のもので大半は改善を認めるのですが、改善を認めるには6ヵ月~2年程度(部位や体質の差あり)かかります。しかし、長期間このような状態が継続するので治るのかなとご不安に思われる患者様も多いですが、ここは根気が必要になります。焦ってレーザー治療や強力な塗り薬などを使用すると更に炎症を助長することになるので最低6ヵ月は経過観察をすることをおすすめしております。ただ、十分な経過観察を行っても色素沈着が高度に残存する場合もあり、そのような方にはレーザー治療などを選択肢と考える必要があります。
傷のアフターケア
上でも記載しましたが傷を少しでもきれいに治すためには何が重要なのでしょうか?それは初期に適切な治療を行い出来るだけ短期間で治癒させることです。そのためわれわれ形成外科医は様々な軟膏や被覆材を駆使してできるだけ早く治癒させることを目標にします。ただ、その後のケアは患者様の理解と根気が必要になってきます。現代医学でも傷を魔法のように短期間で薄くする治療法がまだ見つかっていないのだ現状です。以下にご自身でできるアフターケアについて記載しておりますが、患者様の症状によって適切な治療方法は異なります。また他の治療法を提案することもあります。
テープ固定
傷に直接貼付可能なテープを使用します。手術後の傷などにテープを短冊状に切って、垂直方向に貼付します。垂直方向に貼付する理由は傷が引っ張られて拡大するのを防ぐ目的があります。また、傷の保護作用と遮光効果もあり術後の傷を安静に保つのに優れています。交換は週に1-2回、剥がす時は傷の方向に沿って剥がして下さい。できれば剥がしたときに傷を丁寧に洗ってからテープ貼付をして下さい。テープの貼付期間は上の成熟期の終了する6ヵ月(最低3ヶ月)を目安にしております。
保湿
傷痕部分は汗腺が破壊されるため乾燥し、カサカサします。そのため保湿を推奨することがあります。ただ注意しないといけないのは保湿剤を傷痕にこするように塗布すると逆にこする動作が刺激になってしまうため逆効果になることもあります。あまり塗り込みすぎず、場合によってはテープを貼ってその上から保湿剤を塗るのもおすすめです。
日焼け止め
紫外線は炎症が強い時期にはできるだけ避けるようにして下さい。具体的には日焼け止めや日傘、帽子などの対策ができると思います。ただ、日焼け止めも傷に直接擦り込むような動作はなるべくしないようにして頂くことをおすすめしております。